なぜ菩提酛なのか。
湯川酒造店では、あらゆる課題に直面するたびに、その課題解決としてあらなた醸造技術が発展してきました。
今、あらゆる業種が地球温暖化に直面してる中、当社も例外ではありません。
現状の醸造環境では、地球温暖化へ真っ向から対応するすべがないだけでなく、「木祖村の立地環境をできるだけ補正せずに酒造りを行う」と決めた以上、醸造環境を大きく変えるような設備投資は選択肢から外すようになってきています。
しかし、9月から5月まで酒造りを行う現在、酒蔵として立地を取り巻く自然環境を利して酒造りを行える期間は、11月中旬から3月中旬までの冷涼~極寒期で、秋口、春先の仕込はサーマルタンク、製氷機、上槽空間の冷蔵といった造りに関わるあらゆる温度を制御する必要があります。
遮熱断熱効果の高い土蔵を仕込蔵に利用しているとはいえ、少なからず外気温に依存する醸造環境というものは、湯川酒造店の酒造りをより個性化させるひとつの重要な要素であります。
しかしながら、特に秋口や春先の高温下における発酵環境の正常化にはなかなか気をもむことが多いのが事実です。
現在、良く売れる「美味しい」日本酒は、造りから貯蔵、流通、販売、食卓にいたるまで「要冷蔵」であることが前提となってしまいました。
未来を考えると、エネルギー負荷の大きい嗜好品は支持されなくなるのではないかという危機感と、そもそもエネルギーを使いまくって醸すことにストレスを感じ、もう少し自然な環境で醸せないかと思案を続けています。
ではこの温暖化環境における酒造りを、今後どう発展させていくべきか。この課題解決は大変ハードルが高く、いくつかの仮説検証を行いながら、今に至っています。
以下、少々長くなりますが、その仮説検証についてと、菩提酛の商品化に至る経緯について詳しく書かせていただきます。
菩提酛ときょうかい5号酵母(K5)使用について
どちらの選択も地球温暖化による木祖村の醸造環境の変化に対応するためのものです。
①きょうかい5号酵母を使用した理由
現在広く使用されるきょうかい6号以降の酵母(吟醸酵母や県酵母含む)はK7グループと呼ばれており、戦後の安定安全な発酵に付与してきました。
ただし、ワーカホリックなキャラを持つK7号グループは冬の低温下でも力強い発酵で蔵を助けはしましたが、現在では低温発酵のための設備が必要で、発酵を抑える仕込によってより香味の充実を図るようになっています。
造りの段階から、貯蔵・流通・酒販店・家庭の冷蔵庫と火入れ製品でも常に冷蔵を推奨される事態は、現在のエネルギーコストや環境を考える中でも特に将来にとってあまり良くない状況だと思われます。
戦前の酵母とK7グループの圧倒的な違いは、遺伝子が異なると言う事です。ざっくり言うと戦前酵母は自らの身にダメージを与えるほどアルコールを造り切らないという生存本能を持った酵母です。また多くは西日本発祥でそもそも低温で仕込むと活性が停滞し、比較的高い発酵温度での仕込み・経過で使用できます。
1000m近い標高の木祖村も真冬はまだそこそこ低温ですが、以前より春の到来が早く、長い醸造期間において時期による醸造環境の違いが大きくなってきています。そこで、より自然な状態で発酵を導きたい意向から、厳しい寒さの中での醸造と比較的暖かくなる春先の醸造とでアプローチを変えようと考え今まで主体的だったK9号系に加えK5の選択に至りました。
②菩提酛の採用
現在、十六代九郎右衛門はシーズン最初の純吟ひとごこちのみが普通速醸で、ほかは生酛か山廃での造りになっています。木曽路においては基本普通速醸ですが、純米大吟醸とAll木祖村産の燦水木が生酛での造りになりました。
例年、生酛系の酛立ては11月下旬から2月終わりまでの比較的低温が維持できる期間に行っています。そもそも生酛系酒母は低温必須というわけではありませんが、低温と高温では着地の酒質に差ができるため春先の気温で生酛系酒母が立てられない状況でした。また、気温が高い時期に冷蔵庫で酛擦りをするのも自然に即しておらず湯川のスタイルと異なります。
そもそも生酛や山廃を多く採用しているのには、大きな理由があり、酒母での清酒酵母育成段階において、その前段で乳酸菌が活躍してくれることが、木祖村の醸造環境における「標高の高さ(沸点の低さ)・極寒・軟水」といった発酵に対する弱みを強みに変える最適な手法だからなのです。
すなわち、そやし水に乳酸菌を取り込む菩提酛は低温必須ではなく、木祖村の春の気温下でちょうど良いのではないかと考えここ2シーズン、一番最後に菩提酛での造りを行いました。
③菩提酛×K5号×山恵錦
温暖化により栽培適正がズレたこともあり、木曽産山恵錦が充実してきました。軽快な酒質を望める山恵錦を、K5酵母使用による菩提酛仕込みの純米酒を醸造しました。
そやし水15度、もろみ仕込み温度18度と現代の仕込みにおいてはほぼ見られない温度帯で3月〜4月にかけて仕込GW前後に上槽しております。
2026年秋、2024BYの商品を満を持してリリースいたします。
ゆったりとした若干トロピカル感のある甘みをピシッと酸が引き締める飲み口は、湯川酒造店に今までにない鮮烈さを放ちます。世界のワインに対抗できる存在感を体感ください。
杜氏 湯川慎一