完璧主義なんて損するばかりだ。
ここ数か月、色々とうまくいかない。
社員との対話も、
子どもとの対話も。
気づけばずっとイライラしていて、
ずっと何かに怒っている。
イライラが出てしまうから、
極力社員とも話す機会を減らしてしまっている。
だからコミュニケーション不足が生じる。
自分を形容するときに
「完璧主義」とすぐさまでてきたものの、多分違う。
過剰な「マイルール主義」なんだ。
今でこそ、
夫と二人三脚って言える環境がある。
でも、酒蔵に戻って数年は、
孤軍奮闘であったのは間違いない。
そこから社長という立場になって、
小さな会社だからこそ、
自分の信じるがままに突き進んでやってきて、
そこでの方向性や目指すものには迷いもなく来たからこそ、
失敗も含めて自分自身のことだと、
許容できてきた。
そんな経緯で、
マイルール主義が成熟したのではないか。
それでも、私も多少は成長して、
人に任せる委ねることが、
徐々にできるようになってきた。
反面、次第に現場から離れ、
事細かなことひとつひとつは、
残念ながら把握できなくなってきた。
1日1回は社員全員に個別に声をかけようと、
意識しているものの現実的にはできておらず、
朝礼で全員の顔を見て満足するようになり、
現場にいれば、社員の様子や考えも、
必然的に理解できてきていたのに、
コミュニケーション不足も加わって、
「なんとなく遠くから様子を伺っている」
みたいな感じになっている実感がある。
社長なのに、
現場に顔を出すのに遠慮している節がある。
だから、把握できない場所やコトが増え、
人が何を考えているのか言葉尻から読み取れず、
ストレスとして蓄積されているのかもしれない。
私のパーソナリティを見てみると、
ありとあらゆるところに「マイルール」がある。
モノの置き場所、置き方
洗濯の干し方、たたみ方
食器の片づけパターン
ルーティン家事の順番
かばんや鍵の置き場所
そう聞けば、身辺は整理整頓されていて、
さぞ綺麗なんだろうと思われるけれど、
こだわりすぎたら時間が足りなくて、
手に負えないものは見て見ぬふりをするから、
思った以上に家の中は散らかっている。
そして、その見て見ぬふりのボーダーにも、
マイルールが存在していると思っている。
あとは、時間の概念。
何事にも「遅れたくない」が根底にあって、
アポイントや会議、集合時間に遅れない、
は当たり前なんだけれど、
誰かに強制されているわけでもないのに
保育園お迎えの時間までに〇〇済ませないと。
子どもを21時に寝かせるには逆算して〇〇しなければ。
杜氏の仕事に合わせて〇時までに帰らなくては。
仕事はタイムライン通りに進めなくては。
と、常に自分を追い立てている。
常に余白のない生活を送っている。
そして、自分がひくタイムラインに、
余白時間、インターバルがない。
買い物では決めたものだけを超高速で買って帰る。
新しい何かを探索する時間とか、
無意識にブラブラするとか、
「何もしない」時間が少なすぎるし、
「何もしない」時間を作るのが怖いのかもしれない。
だから少しでもうまくいかない
思い通りにいかないことがあると、
ストレスとして蓄積されていく。
いっそ長期休暇を取ろうか。
でも休暇明けが怖い。
今年の正月休みですら、
例年より長く休んだことで、
正月明けのしわ寄せが苦しかった。
日々のテンポを変えずに過ごしたい。
そんなある意味完璧主義ともいえる、
過剰なマイルール主義により、
イライラが助長されているのもわかっている。
自分の性格によって、自分自身が苦しんでいる。
私のこれからにとって、
仕事でもプライベートでも、
時間の余白と気持ちのおおらかさが、
間違いなく必要だ。
パーソナリティは容易には変わらないし、
自分のもつ信念も変わらない。
でも、人生のステージに合わせて自分を変える。
性格や考え、立ち位置だって変わる必要がある。
その柔軟性をもってこそ、
自分の持つ信念を貫けるのだと思う。