酒蔵社長尚子の奮闘記

善光寺詣りにいってきた

作成者: 社長-湯川尚子|February 22, 2026

息子氏二人を連れ立って、善光寺詣りに行ってきた。

 

とはいえ、歴史や信仰にも疎く、

神社仏閣に関する知識も浅く、

6歳4歳の彼らが興味を示すほぼ全ての質問に、

正しく(あるいはそれなりに)応えられたわけでもなかったのだが。

 

ただ、何も知らずとも観光客でごった返す中でもその厳かさを感じ、

山門から本堂、経蔵、史料館とを拝観して、

皆どこか満足気に帰路についたのは、

善光寺御本尊からパワーを頂くことができたからなのであろうか。

 

ご戒壇巡りをするかしないか、

なんとしても行きたい息子氏①と絶対に行きたくない息子氏②、

本堂脇でせめぎあいを繰り広げた結果、

息子氏②を左手に抱っこして息子氏①の手を右手で握り、

彼に壁を触りながら進んでもらう形で巡ってきた。

 

私自身何度目かのご戒壇巡りだったものの、

あまりの暗さで当然のごとく前の人も息子氏たちの顔も見えず、

息子氏②は怖い出たい帰りたいと泣き叫び、

むしろ泣いて出たいと騒ぐと思っていた息子氏①は、

私よりも冷静に壁を触り進み続けてくれて、

無事に三人で「極楽の錠前」に触れる事ができた。

 

漆黒の中で泣き叫ぶ息子氏②に向けて

「大丈夫、前にも後ろにも人がいるから」と声をかけていた私は

何かが違っていたんだと今これを書きながら感じている。

 

外に出ると、あんなに泣いてた息子氏②は晴れ晴れとした顔をし、

息子氏①は僕がいたからやってのけたんだと自慢げで、

母はといえば、その前に参拝した山門の急な階段の昇り降りで

すでに足がすくんでいたこともあったのか、

どことなく足が震えていたのは言うまでもない。

 

大人は子どもを守るとか、

そんなことすら漆黒の闇の中では成立せず、

邪念をもってして怖さを感じる大人と、

純粋にその場を感じ取る子どもとの違いなんだろう。

 

そもそもは帷子草履に白木の念珠といった棺に入る際の姿になり、

念仏を唱えながら巡ったと言われているようで、

錠前の真上にいる絶対秘仏である御本尊と結縁を果たすことで、

極楽往生の約束をいただく道場だったそう。

 

家に帰ると、

父や祖母に「僕はひとつ強くなってきたんだ!」と

息子氏たちは得意にそれぞれ語っていた。

 

まだまだ極楽浄土など見る必要もない、

明るい未来しかない彼らは、本当に強くなったのだ。