何かに没頭すること。
自分の幼少時代からを振り返ってみて、
何かに没頭してきたことがあっただろうか。
習い事はピアノと習字だったかな。
スイミングスクールにも行ってたっけ。
中学高校はフルートやってたし、
大学になったらラクロスしてた。
社会人になってからダイビングを始めて、
これはキチンと趣味って言えるくらいは
たくさん経験したっけな。
高校でスノーボード始めてからは
酒造りし始めるまでは
毎年必ず滑りに行ってたし
それぞれの時代、その時の自分は、
きっとそれなりに一生懸命だったと思う。
小説読んだり、音楽聴いたり、映画見たり、
自分で何かを選ぶ術がなく、
何となく目の前にあるものを、
主体的に選ぶわけでもなく、
とりあえず読んだり聞いたり見たり。
うんと何かにハマったってことは、
なかった気がする。
その証拠に、
読んだもの聞いたもの見たもの、
あまり記憶に残っていないし、
自分が影響を受けたと言えるものは、
それほどない気がする。
みんな親から与えられていたり
制限されていたものも多かったし、
成り行きだったりしたんだろう。
懇願して親元を離れた高校時代は、
L'Arc〜en〜Cielと
the yellow monkeyが好きだったっけ。
よく友達とライブに行ってたよな。
手塚治虫のブッダは何度も読み返したっけ。
唯一といってもいいかもしれない、
記憶に残り、今の自分の考えに影響を与えているもの。
かといって、そこから仏教を深掘りしようとか、
そういう行動に出たわけでもない。
趣味って言えるほどに成長したものは、
残念ながらひとつもないし特技もない。
私は何に夢中だったんだろう。
記憶をたどればたどるほど、
友だちとの人間関係に色々悩まされて、
自分色って何だろうって、私ってなに?
そんなことを考えてきた時間が長かった。
あの人のあれがかっこいい、
あの人がやってるからやってみよう、
みんなそう言ってるし、そうだよね、
これが流行ってるんだっけ、
あれ?私だけ違うの?浮いてるの?
常に周りを気にして、
自分の立ち位置をうまくとれずに、
人のマネばっかりするけど、
ぜんぜん主体性がないから違和感しかない。
そんな私が今、
人生で最大級にひとつのことに没頭している。
それは、湯川酒造店の社長という、
立場、仕事、そのすべて。
かれこれ13年も同じ立場で過ごしている。
毎日悩むことばかりだけれど、
意思=主体性があって、
自分の力量がダイレクトに結果となるから、
語弊があるかもしれないけれど、
これほど面白いことはない。
社長>母 である自分がいるのも
納得できる。
社長になって10年近く経った頃からは、
人(社員)の気持ちも考えられるような、
そんな余裕も少しは出てきた気がしている。
それって、周りい比較がなくなったからなのかな。
いや、自分自身を信じられるようになったからかな。
何かに没頭したり、
何かから影響を受けたりした経験は少ないけれど、
これまで出会ってきた多くの方の言動や
自分自身が身をもって経験したこと、
そのすべてが私に対して影響を与えてくれていて、
それは良し悪し様々だし、現在進行形だし、
40代半ばになって、ようやくそれでいいんだって、
「あー私自分らしくいられてる」って、
それが湯川酒造店の社長なんだとしたら、
私は死ぬまでこの仕事をし続けるのだろうか。
いや、違うよね。
それは、違う。
考える、想像することはとても重要で、
すでの自分=湯川酒造店になりつつある今、
会社にとっては、それはリスクでしかないし、
先々を見据えるためには、
自分のいない湯川酒造店を想像するべきであって、
それが私を成長させていく、
ひいては、会社を成長させていくことにつながる。
では、息子氏たちはどうなのか。
まだ4歳2歳とはいえど、
長男は意思がはっきりしてきているし、
なにやら特技っぽいものもチラホラ出てきた。
まだ親が何かを与えなくては、
彼らは経験することができないタームなので、
その経験を阻害するようになってはいけないと思う。
できるだけ色んなこととの接点を作り、
彼らが何に興味があるのか、没頭できるのか、
それを伸ばしてあげたいと思う。
かといって、今後待ち受けている、
サバイバル時代を行く抜くための、
自立能力も養っていきたいと思う。
様々なものことに接点を作ることはしても、
誘導したり強制したり、はたまた制限したりは、
できるだけしないようにしたい。
とりあえず、色々と彷徨った若いころだったけど、
無駄になっている時間やコトはきっとなかったよねってことを
書きたかったんだと思う。
自分事のように支えてくれる人は、
もちろん身近にいるんだけれど、
「社長は孤独」というのが、
私にとっては誰かと比較しなくて済むし、
自分を信じることができて、
社長業に没頭できる要素なんだろうな。