7月は目まぐるしい。
15年前の7月20日は父の葬儀だっただろうか。
7月14日が命日だったから、葬儀までずいぶんと長かった。
確かお寺の都合で先延ばしになったんだったっけな。
もう15年か。
仏壇に対して対して手も合わせず15年が経過した。
そして命日も特段何もせずに過ぎ去った。
いいんだよ、それで。
偶然合った近くに住む叔母と、
「今日命日だね、早いよね。何年経ったっけ?」
「やっぱしちょっと逝くの早すぎたよね。」
なんて話をしているだけで。
母はたぶん、薄情で無礼な娘だと思っている。
仏壇に手を合わせることが重要ではない。
心の中にいつも存在していることが重要なのだ。
日々の生活の中に思考の中に、
父や祖父や先祖のことが思い描かれていることが。
そして、そこにある想いはそれぞれだから、
共有する必要もない。
ただ、不思議に思う。
父方の祖母、曾祖母、高祖母…
彼女たちの存在を、私はよく知らない。
いや、祖母のことはよく知っている。
私が中学2年生の時に他界した。
確か、人の死を初めて目の当たりにしたのが、
父方の祖母だったと思う。
父は、祖母の亡骸の前で、
「死」とはこういうことだと教えてくれ、
お墓の準備にも同行させてくれた。
それから数年の間、
私の肩にはず~っと祖母が乗っていて、
私のことを守ってくれていると思っていた。
かと言って湯川家のことを語る時、
祖母や曾祖母、高祖母などは全く存在しない。
なんなら、祖母以外のことはやはり知らない。
そうか、日本という国は、
結局のところ男系そして男性優位なんだと、
たった今、これを書きながら気づいたのだ。
血筋とかってさ、
別に遺伝子レベルでは男も女も半々じゃないのか?
染色体云々のことはよくわからないし知らないけども。
ただ、イチ酒蔵のことで言えば、
16代目の私まで直系でつながってきていること、
そして息子たちが継いでくれたとしたら、
それもまた直系でつながることであって、
湯川家でつながってきているということに
何の異論もないだはずなんだ。
さて、この文章の初めに戻ろう。
7月は目まぐるしい。
この書き出しから書こうと思っていたことは、
全く別のことだったんだけどな。
6月から7月にかけてめちゃくちゃ忙しかったし、
杜氏が不在の日も多くて子どもたちに振り回されながら、
仕事の予定も、事務・書類仕事も詰まっていて、
ようやく今日7月20日に家族4人の時間が作れたよ。
酷暑の犬山城へ行ってきたよ。
って、自分のキャパ不足を忙しさにかまけて言い訳しつつ、
日々のことを書き留めたかっただけなんだけど。
やっぱり父は私の近くにいるのだ。
命日近くだからって、存在感出してきちゃったのだ。
思考を洗脳するというより、思考の隙間に入り込んできて、
あっという間に思考のベクトルを変えてしまったのだ。
そんなもんだよね。
あれ、ついこの間もこのブログで、
彼岸此岸のこと書いてたっけな。
ほらね、ご先祖様なんて、
仏壇の中になんて居ないから。
好き勝手にその変ウロウロして、
子孫がちゃんとやってるか見張ってるんだね。
あぁ、明日からもまた目まぐるしい。
夏休みもやってくる。
どうなるんだ、様々なスケジュール。
でもいいんだ、きっとこの感じで。
息子たちも勝手に成長してくれている。
親としてはただ、日々に追われているだけなのに。
そう、スキマ時間を使って、
家族で酷暑の犬山城に行くことができたんだから。